東京家庭裁判所 昭和43年(家)12966号 審判 1969年3月04日
申立人 原沢トク(仮名)
事件本人 慶良太(仮名) 昭和三三年五月二〇日生
主文
下記戸籍訂正を許可する。
事件本人慶良太につき、「父(国籍韓国)慶仁先、母(本籍栃木県宇都宮市○○町○○○番地)原沢トクの子(三男、昭和三三年五月二〇日東京都中央区○○町○○番地で出生、父国籍韓国慶仁先届出、昭和四一年一〇月二〇日中央区長受附入籍」による、所要の戸籍記載手続をすること。
理由
本件審理の結果によると、以下のことが認められる。
一、申立人は昭和三〇年五月六日栃木県鹿沼市長に対する届出により、国籍韓国(昭和二五年二月二七日本人の申出により、国籍名はこのように変更された)慶仁先(島村仁先)と婚姻をしたが、同人はこれより先昭和二〇年七月四日池野ウメ(本籍栃木県今市市○○町○○番地池野幸三妹)と婚姻し、離婚手続未了であつたため、申立人との婚姻は重婚であつた。
二、申立人の子原沢英太(昭和二七年一〇月一三日生)および同雷太(昭和二九年一〇月一九日生)は昭和三〇年五月一三日父慶仁先によつて認知されたので、二子の続柄はそれぞれ長男、二男と訂正された。
三、事件本人良太は昭和三三年五月二〇日申立人を母として出生したが、当時出生届はなされず、昭和四一年一〇月二〇日になつて父慶仁先が出生届をした。
四、なお、慶仁先と池野ウメとは昭和四三年七月一九日栃木県鹿沼市長に対し協議離婚届を提出した。
よつて案ずるに、子が日本国民となる要件については国籍法第二条に定められ、同条第一号第三号によりそれぞれ「出生の時に父が日本国民であるとき」および「父が知れない場合または国籍を有しない場合には母が日本国民であるとき」に日本国民となるものであるが、事件本人良太については前同条第一号には該当せず、母が日本国民であることも明らかであるから、「父が知れない場合」にあたるかどうかを検討すべきものとなる。この要件具備の時点については明言されていないけれども、出生による国籍取得の性質上、子の出生の時を標準とすべきものと解せられる。したがつて、本件において事件本人の出生当時「父がある」といえるかどうかは、母である申立人と婚姻届をした慶仁先が当時父であるといえたかどうかにあり、結局、それは、申立人と慶仁先との婚姻の当時における効力如何ということになるであろう。
法例第一三条によれば、婚姻成立の要件は各当事者につきその本国法によつて定めるべきものであるところ、妻である申立人についての準拠法たる日本民法によると、重婚は取消原因になるにすぎないが、夫である慶についての、その当時までの準拠法たる朝鮮慣習法によると、重婚は無効であると解されていたのであるから、結局、この婚姻は無効であつたといわなければならない。そうだとすると、事件本人は婚姻外の出生子ということになり、しかも、当時慶によつて出生届はなされていなかつたのであるから、事件本人は当時はまだ慶の子であるということはできず、国籍法の定めるところによつて、日本国民となつたものといわなければならない。
ところが、一九六〇年(昭和三五年)一月一日施行の韓国民法第八一〇条によると「配偶者のある者は重ねて婚姻をすることができない」と定められ、同第八一六条によつて、第八一〇条に違反した婚姻は法院にその取消を請求することができるものとされるに至つた。そして、従前の重婚に関しては、同法附則第二条において「本法は、特別な規定ある場合の外は、本法施行日前の事項に対しても、これを適用する。ただし、既に旧法によつて生じた効力に影響を及ぼさない」と定められたが、婚姻と入養については同第一八条に特に規定を設け、「本法施行日前の婚姻又は入養に、本法により取消の原因となる事由があるときは、本法の規定により、これを取消すことができる」と定められた。本件においては、申立人と慶仁先との婚姻に前述のように無効であつたが、上記法律の施行時までに無効を確認された事跡もなくして経過したものであるから、その施行とともに取消原因たる性格のものになつたといわなければならない。したがつて、申立人と慶仁先とは夫婦であるというべきであるから、少くとも慶が事件本人の出生届をした時点においては、事件本人はその嫡出子たる身分を有することとなつたものといわなければならない。なお附言すると、事件本人は前述のように出生当時日本国籍を取得したのであるが、その後法令の改正によつて父母の婚姻の効力に変動がおこり、その結果として親子関係に変動を来したとしても、既に取得した日本国籍を喪失することはないのである。よつて、事件本人は日本国民として、戸籍に登載すべきものとする。
ここでさらに問題となるのは、申立人の氏は「慶」であるか「原沢」であるかである。この点は法例第二〇条により父の本国法によることになるが、それに該当する韓国民法第七八一条によると、子は父の姓を継ぎ、父の知れない子は母の姓を継ぐことになる。そして韓国法制上の姓は日本法制上の氏にあたるかが論議の対象となるのであるが、これは厳格に解すべきものではなく、相互に流用して考えるべきものではなかろうかと考えられる。そうだとすると、事件本人は出生当時は母の氏を称し、母の戸籍に入るべきものであつたことは疑いはないが、当時無籍であつたものであり、その後に出生届のあつたときを標準として戸籍訂正をするには、父の韓国姓を日本氏とみて「慶」を称する(韓国の法制は夫婦異姓であるから、嫡出子については母子異姓となる。したがつて、事件本人はその時点においては母の氏「原沢」を称することにはならない。)ところの事件本人戸籍を、戸籍法第二二条により、あらたに作成するのが正当のように思われる。しかし、この取扱いには、事件本人がかつて婚姻外の子であつたときの戸籍記載を省略する意味があり、そのときに遡つて訂正するのが正確であるとすれば、まず、原沢戸籍に登載したうえで、その後の訂正方法を考えることになるが、この場合、父は外国人であるため、本人の除籍手続は保留する、という戸籍取扱いになるかも知れない。よつて、この点については、一応戸籍管掌者の処理に委ねることとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 野本三千雄)